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『シン・ゴジラ』を読み解く前に―庵野秀明旧作より

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ラブ&ポップ

 『DAICON帰ってきたウルトラマン』(83)以来となる庵野秀明の実写監督作は、女子高生の援助交際をテーマにした村上龍の同名小説を映画化。庵野は『ゆきゆきて、神軍』(87/原一男監督)の様なスキャンダラスな内容と注文をつけて、脚本を薩川昭夫へ発注。庵野が援交にはまったせいで『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生』(97)の完成が間に合わなかったというフェイクドキュメントが構想されたが、エヴァのヒットで出資者が殺到し、通常の劇映画として製作されることに。エヴァの余熱冷めやらぬ時期に製作され(劇中の日付は『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』の公開日である)、撮影当時は前例がなかった家庭用デジタル・ビデオカメラで製作された商業映画としても注目を集めたが、役者にカメラを持たせて芝居させる、特異なアングルを多用するなど、デジタル独自の手法によって無機質な渋谷の街と、おじさん(庵野)には理解できない生物・女子高生を切り取ることで絶妙の調和を見せた。『シン・ゴジラ』とは電話や机を奇抜な画角で捉えたカット、電車・クレーンなどへの偏執的なこだわりが共通する。また援交男を演じた手塚とおる、本作の関連本で対談した原一男との出会いが彼らのゴジラ出演に繋がっている。樋口が友情特殊技術でクレジットされているのは、終盤に自室で寝ているヒロインが彼女の私物と共に浮遊し、洗濯槽の様に回転する特撮シーンを現場で指揮したため。なお、『シン・ゴジラ』にはiPhoneで撮影されたと思われる映像もインサートされており、庵野が本作でDVカメラに固執して画質が落ちようとも機動力を優先させたのを思い出させる。

 

『GAMERA1999』

 『ガメラ3 邪神覚醒』(99)公開前にビデオ発売されたメイキングだが、総監督の庵野秀明はこの時期、次なる展開としてドキュメンタリーか特撮を手掛けると目されており、その前哨戦としても注目を集めた。『ゆきゆきて、神軍』(87)、『由美香』(97)などのドキュメンタリーに刺激された庵野は、『ラブ&ポップ』(98)のフェイクドキュメンタリー構想が頓挫した後も、カンパニー松尾平野勝之らAV監督たちと親交を重ね、撮影にも参加。本作冒頭の飲み会シーンを松尾が撮影し、庵野、平野、林由美香らが顔を揃えているのも、その縁である。

 「ドキュメントものでお客さんが欲しがるものは、脚色されたイリュージョンと赤裸々なスキャンダル(笑)」(『ロマンアルバムアニメージュスペシャル/GaZo画像Vo.2』)と庵野は製作時に語ったが、AVドキュメンタリーの様な被写体の内面をさらけ出す作品を志向していたことが窺える。では、この作品の〈イリュージョン〉とは何か?もちろん、家庭用デジタルビデオカメラの機動力を活かして撮影された特撮現場だろう。ミニチュア、爆破をはじめ、樋口真嗣特技監督とスタッフの仕事ぶりが超至近距離で捉えられている。一方、〈スキャンダル〉は撮影現場でそう大きな事件や対立が起きないので撮れない。結果として「事実を基に構成されていますが、諸般の事情により、22%程捏造して有ります。」という断り書きを入れて、庵野側の主観に加えて恣意的な編集を施すことで、スキャンダルを〈捏造〉した。このことが賛否を集めたが、それもまた計算のうちだろう(それとは別に脚本家・監督・特技監督のチームワークが前2作に比べてズレが生じていたことが今では公言されている)。

 当初の庵野の意図は「日本特撮というものを総括」「なんでまだしがみついているのかっていうのを赤裸々に描こう」(『マジック・ランチャー』庵野秀明岩井俊二 著/デジタルハリウッド出版局)というものだったが、本作のために撮影されながら未使用に終わった川崎郷太、岩井俊二との対談で庵野が語るゴジラが興味深いので幾つか引用しておこう。「日本でゴジラを作っている人って(略)初代『ゴジラ』の呪縛から逃れてない」「大砲を撃っても死なない神様みたいな存在」「怖く感じないのは、生き物として何か食べてる感じがしないところ」「結局、こういう巨大な怪獣がいたらどうなるのかというシュミレーションにしかならない」等々(『GaZo画像Vo.2』)。そして本作のラストにはこんな字幕が出る。「だが、虚構と現実、そして夢は、続く。」――17年後、『GAMERA1999』で検証した夢の続きの具体化が「現実対虚構。」という惹句と共に姿を現した『シン・ゴジラ』である。

 

新世紀エヴァンゲリオン

 言わずと知れた1995年10月〜96年3月に放送されたTVアニメであり、後に社会現象にまで広がった庵野秀明の代表作。『宇宙戦艦ヤマト』『機動戦士ガンダム』に続く90年代を代表するアニメとなり、現在まで新たな劇場版が製作されているが、近未来を舞台に14歳の少年が人型兵器エヴァンゲリオンに乗って使徒と戦う物語は、庵野のSF・アニメ・特撮などの映像的記憶と嗜好が全て投入されている。それゆえに『シン・ゴジラ』を観た最初の印象は、まさに〈実写エヴァ〉だった。具体的に比較すると、冒頭の羽田沖で水蒸気が噴出して巨大生物の一部が出現するのは『第八話/アスカ来日』の水中から登場する使徒ガギエルを思わせるが、それに続く首相官邸地下の危機管理対策室から各大臣が大会議室へ集まる慌ただしい動きは、使徒出現を前にした特務機関NERV本部のようだ。この席で巨大生物に対して「捕獲か駆除か」が協議され、駆除が決定する。巨大生物は多摩川から呑川へと侵入するが、大臣たちは「自重で上陸はありえない」と楽観視する中、蒲田に上陸。建物家屋を次々に乗り越えて倒壊させながら巨大生物は直進する。一見、怪獣映画ではおなじみの出現→上陸というパターンだが、使徒侵攻を実写化したような緊迫感とスケールは、従来の怪獣映画とは一線を画す。

 『エヴァ』は、その後の怪獣映画にも影響を与えた――といったところで、樋口真嗣エヴァで脚本・絵コンテなどに参加しつつ、平成ガメラシリーズで特技監督を務めていたのだから、似てくるのは当然である。『ガメラ2 レギオン襲来』(96)の足利決戦の構図、戦闘の描写などはまさに使徒とエヴァのそれだったし、『ガメラ3 邪神覚醒』(99)では、イリスの造形ばかりか、綾波レイ風の名を持つ綾奈や、山崎千里がレイに酷似した雰囲気と髪型で登場したり、ラストに至っては『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生』(97)と酷似。ガメラに限らず、当時は作り手側がエヴァに侵食され気味だったが、その影響はゴジラにも及んでいる。『ゴジラ×メカゴジラ』(02)は初代ゴジラの骨格をもとにした対ゴジラ用兵器・機龍をヒロインが操縦するという、メカゴジラエヴァを思わせる設定である。暴走による事故、関東一円の電力を機龍に集めて戦うという『第六話/決戦、第3新東京市』のヤシマ作戦そのままの描写もあり、エヴァ風の怪獣映画は『パシフィック・リム』(13)も含め、既に出尽くしたと言ってもいい。

 その意味で『シン・ゴジラ』が、巨大生物の東京襲来をリアルに描き、政府の混迷と、戦闘に備える防衛庁の幕僚たちのやり取りを緻密に描くことに徹したのは正しい選択だろう。『ゴジラ×メカゴジラ』などが表面的にマネをするだけでは再現しきれなかった「エヴァ初号機、活動を停止」「目標は、完全に沈黙しました」「作戦開始時刻は明朝午前零時。以後、本作戦をヤシマ作戦と呼称します」「現時刻をもって作戦を終了します。第一種警戒態勢へ移行」といった堂に入った用語をゴジラでも次々と小気味良く繰り出すことができるのは庵野しかいない。もちろん、緊迫感のあるシーンばかりではなく、特米大使として来日するカヨコ・アン・パタースン(石原さとみ)に惣流・アスカ・ラングレー葛城ミサトっぽさが出ていたり、『第四話/雨、逃げ出した後』の駅前でのミサトとシンジを思わせるやり取りが、石原と長谷川博己によってモノレールの駅前で演じられるあたりはニヤリとさせられる。

 何故、子どもがロボットに乗って戦わねばならないのかというロボットアニメの根源に挑んだように、ゴジラから失われて久しい恐怖と生物感を取り戻すことに挑んだのが『シン・ゴジラ』である。「ゴジラ、まさに神の化身ね」という劇中の台詞からも、ゴジラとは何か?その畏怖、恐怖をいかに取り戻すか、そのために何を描くべきかの一つの答えが出されている。

 

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『ロッパの水戸黄門』と『古川ロッパ昭和日記』(1)

『ロッパの水戸黄門』の発見

 このところ、古川ロッパを目にする機会が多い。去年出た『哀しすぎるぞ、ロッパ 古川緑波日記と消えた昭和』(山本一生・講談社)という評伝に始まり、今年に入ってから『ロッパ食談 完全版』『ロッパ随筆 苦笑風呂』(河出文庫)が新たに書店に並ぶようになったのは、なんとも奇特というべきか。はたして今、古川ロッパが説明なしに受け入れられるのか、と思っていたら、特集本『古川ロッパ 食べた、書いた、笑わせた! 昭和を日記にした喜劇王』(河出書房新社)が出た。

 先日もCSの衛星劇場で未見だった『新馬鹿時代 前篇』が放送されたので、つい見入ってしまった。警官(ロッパ)と闇屋(エノケン)の追っかけが延々続く昭和22年に東宝が製作した前後篇の大作である。驚いたのは、砧の東宝撮影所に作られた高架の上を電車までが走る巨大な闇市のセットだ。これを見たいがために、この映画が長らく気になっていた。というのも、〈せっかくこんな巨大なセットを組んだのだからモッタイナイ、若い奴がついでにもう1本何か考えろ〉というわけで、若手監督の黒澤明が、新人三船敏郎と組んで、このセットを再利用して撮られたのが『酔いどれ天使』なのである。

 映画とは皮肉なもので、セットを流用した『酔いどれ天使』は今でも名画座Blu-rayで観ることができるが、『新馬鹿時代』は高価なビデオが通販で一時期発売されただけで、先日のCSの放送がTV初放送だという。映画史的にもエノケンとロッパの共演作という以上の評価は見られず、小林信彦も「〈追っかけ〉の必然性はあるものの、気分的にリアルすぎて、私は前篇だけで投げた。」(『キネマ旬報 1974年7月上旬号 架空シネマテーク・黒澤だけしか頭になかった』)と、にべもない。

 後世に残らなかった映画について調べるには、当時の新聞、雑誌記事にあたるところから始まるが、古川ロッパの出演作となると、まずは『古川ロッパ昭和日記』(晶文社)を読むところから始まる。これは80年代後半に出版され、2007年には新装版として再発売された戦前篇・戦中篇・戦後篇・晩年篇からなる古川ロッパの人生が凝縮された日記である。『新馬鹿時代』について日記の戦後篇を開けば、昭和22年6月26日にクランクイン、8月23日にアップしたことがたちまち分かり、前後篇になった過程、撮影中のエピソードなどが細かく記されており、第一級の映画資料として活用できる。

 そのことを改めて感じたのは、2月26日に早稲田演劇博物館の主催で行われた「『ロッパの水戸黄門』とテレビドラマの黎明」という催しで『ロッパの水戸黄門』(1960-61)を観たからである。ロッパ最晩年の主演テレビドラマシリーズで、2011年にフィルムが発見された。

 発見にあたった大阪芸術大学映像学科教授の太田米男氏の説明によると、2011年、本作を製作した新星映画(山本薩夫深作欣二らの作品を作った同名会社とは別組織)の元社長(故人)の京都の自宅の押入れに16mmフィルムが所蔵されており、遺族より連絡を受けて調査にあたったところ、『ロッパの水戸黄門』全話の原盤(ネガ)と上映プリントと判明。既に酸化が始まって悪臭を放っており、原盤は保存状態が悪く、上映プリントは良好な状態だったという。

 次に本作を放送した毎日放送(関西のみの放送だったようだ)の権利部に連絡を取ったところ、1960年11月4日〜1961年1月21日にかけて13話が放送されたことを確認(ロッパの死は61年1月16日)。外部製作の買い取りということもあり、著作権毎日放送ではなく、新星映画に有ることが判明したことから権利を相続した遺族側が動き始め、太田氏は身を引いたという。毎日放送は上映プリントをSDテレシネ(=標準画質)した後、フィルムを遺族に返却してきたので、再び太田氏が連絡を受け、寄贈の仲介の労を取り、2014年2月に早稲田演劇博物館に本作の共同復元を提案。

 なぜフィルムセンターではなく演博なのかといえば、フィルムセンターではテレビ作品は低く見られる可能性があり、演博なら保存と見る機会が両立するだろうという判断があったようだ。そして同年10月「美術館・歴史博物館重点分野推進支援事業」に内定を得て、IMAGICAウェストに上映プリントのHDテレシネ(=高精細画質)を発注(劣化の著しい4・5・8話はSDテレシネ)し、明けて2015年1月に全13回分のHDCAM/DVDが納品され、今後、演博で各話が上映される予定だという。

 さて、こうした説明を受けて、いよいよ『ロッパの水戸黄門』が上映されることになった。

(この稿続く)