『マルサの女』(第1回) 金と流行語と女

映画監督・伊丹十三

 伊丹映画と若い世代に言っても、伝わるかどうか心もとない。伊丹十三が亡くなってから20年が過ぎると、『あまちゃん』の夏ばっぱや『ひよっこ』の鈴子を演じる宮本信子の夫が伊丹十三だと説明した方が通りはいいかも知れない。

 伊丹映画は一貫して、ユニークな視点から〈日本人論〉を展開してきた。〈日本人と儀式〉を描いたデビュー作の『お葬式』(84年)に始まり、第2作の『タンポポ』(85年)は〈日本人と食〉の物語である。究極のラーメン作りに挑むヒロインと、彼女を叱咤激励するトラック運転手との仄かな恋が、ラーメンの香りと共に漂ってくる物語は、言ってしまえば『シェーン』(53年)の換骨奪胎なのだが、日本映画らしからぬカラッとしたエンターテインメントになっており、国内よりも海外で人気を集め、監督になる前は俳優として『北京の55日』(63年)などにも出演する国際俳優だった伊丹が、今度は監督として世界的に知られるようになった。

 

税金をめぐる実体験を映画に

 そんな伊丹の監督第3作かつ最高傑作の呼び声高いのが『マルサの女』(87年)である。儀式・食に続くテーマは〈日本人とお金〉。もっとも、お金をめぐる物語はさして珍しいわけではない。成り上がって金を稼いだり、財産を失ったり、ドラマの重要な小道具としてお金は使い古されてきた。だが、伊丹は意外な視点からお金を描くことにした。それが税金である。

 これは伊丹が自費を投じた『お葬式』が予想外の大ヒットをしたことから、大きな収益をもたらしたものの、ようやく成功を掴んで得た金を、税金と称して容赦なく奪い取っていく国家権力に伊丹が呆然としたことが企画の原点となった。伊丹曰く、「身も心もすりへらして、自分で金出して、自分でリスクしょって、大勢の人に有形無形の借りを作って、およそ筆舌に絶する苦労をして、やっとこさお客さんに見てもらって、そうやって稼いだ金をですね、まるで自分のものであるかのように六十五パーセント出しなさい、といって平然と持っていってしまう。」(『「マルサの女」日記』伊丹十三 著/文藝春秋

 『お葬式』が宮本信子の父の葬儀を体験したことから生まれたように、『マルサの女』は伊丹の税金をめぐる実体験から生まれたわけだが、常識的に考えて、税金を取り立てる側と、脱税する側の対決を描くなら、映画の主人公に相応しいのはアンチヒーローたる脱税側だろう。百戦錬磨の国税局と戦う市民を主人公にした方が、税金に苦労する観客も共感を覚えるに違いない。ところが伊丹は、税金を取られる側ではなく、取る側、つまり税務署側から描くことにした。何故なら、伊丹映画は常に〈日本人論〉でもあったからだ。税金という切り口で日本人の顔を見せるには、取り立てる側から描いた方が多面的に様々な顔が描けるからだ。それにあの手この手の信じ難いような脱税の手口は、現実離れしたものばかりで実に映画向きなのである。

 

流行語となったマルサ

 タイトルの〈マルサ〉とは国税局査察部の略称。『マルサ!!東京国税局査察部』(03年)、『ナサケの女 〜国税局査察官〜』(10年)など、数年ごとにマルサを舞台にした連続ドラマが作られているので、業界内用語にすぎなかった〈マルサ〉は、今では一般に馴染みのある言葉になっている。そのきっかけを作ったのが『マルサの女』である。

 元々このタイトルは、国税局査察部で働く女性が主人公だから――という理由で伊丹十三が脚本を書く際に仮題として付けていたものだった。ところが、関係者へ取材をする際に、毎回タイトルが良いと言われるので、仮題のつもりだった『マルサの女』が正式のタイトルへと昇格することになった。テーマの斬新さと、国税局査察部というこれまで描かれたことがない世界の話という物珍しさも手伝って、公開前にはすっかり〈マルサ〉という言葉が認知された。その証拠に、1987年の「第4回新語・流行語大賞」の新語部門で〈マルサ〉は金賞を受賞し、伊丹十三宮本信子が受賞者となった。その後も伊丹映画では『あげまん』(90年)、『マルタイの女』(97年)など、それぞれの業界内でしか使用されていなかった隠語、符丁をタイトルにした作品が登場した。

 

メイクで作るヒロインの造型

 『マルサの女』のヒロインとなる板倉亮子は、当時の日本映画としては珍しい自立した女性像を打ち出している。税務署員から国税局査察官へとキャリアを積み重ね、女性の少ない職場で(実際、当時の女性査察官は全国で3人しかいなかったという)、バリバリと仕事をこなす姿は、それ以前の日本映画にはなかったキャラクターである。これは、1985年に制定され、翌86年から施行された男女雇用機会均等法を踏まえた、新たな時代に相応しいヒロイン像とも言える。

 ——と言うのは一面では事実だろうが、ぶっちゃけてしまえば、伊丹映画全10本のうち、8本で主役を務めたのが妻の宮本信子であるところからも明らかだが、ようは妻を主人公にするための設定でもある。最初にも書いたように、今では伊丹十三の妻というよりも、老婆役を中心に活躍する女優という印象が強いが、宮本は長らく役に恵まれない時代が続いていた。俳優時代の伊丹と結婚前に共演した大島渚監督の『日本春歌考』(67年)にしても、伊丹が大島にぜひと薦めてキャスティングしたものだ。伊丹は宮本について、「実力はあるのに主役がこない。というより主役の女優という幻想が不足している。よし、それなら、まず主役という既成事実を先に作れば幻想はあとからついてくるのではないか」(『「お葬式」日記』伊丹十三 著/文藝春秋)と、『お葬式』で主役に抜擢し、山崎努大滝秀治菅井きんらベテラン勢と互角にわたりあう姿を見せた。そして『マルサの女』となるわけだが、ここで宮本が大物女優、スター女優でないことが幸いした。

 伊丹が最初に考案したヒロイン像は「チビでタフで、積極的で、ユーモラスで、敢然と悪に立ち向かう(略)女の刑事コロンボみたいな造型」(『「マルサの女」日記』)だった。それに合わせてメイク、髪型が考えられていったが、日本の大物女優がヒロインなら、自分をいかに魅力的に美しく見せるかにばかり執着し、例えばシャーリーズ・セロンが『モンスター』(03年)で13キロ増量し、実際の連続殺人犯をモデルにした役を凝ったメイクで演じたような真似はできないだろう。伊丹は宮本にソバカスのメイクを施し、様々なカツラを被せてヒロイン像を探っていった。試行錯誤の末に行き着いたのが、ショートボブ、ソバカス、メガネという、一見したところ宮本信子には見えないキャラクターである。こうしてキャラクターを外見も含めて作り上げていったことも『マルサの女』の大きな魅力となっている。

 日本人とお金という身近なテーマを、税金という切り口で映画にし、全く知られていなかった業界用語を流行語に変え、従来の日本映画にはないヒロインを生み出す伊丹映画の多重的な面白さは、公開から30年を経てもまだ古びていないはずだ。

 

【第2回は8月24日更新】