『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(第2回)たった一本の映画でその名を刻む伝説の男

唯一無二の作品を撮ってしまった映画監督のその後

 企画開始時に22歳、公開時は25歳だった監督の山賀博之。8mmの自主制作アニメという実績のみで、製作費8億円の劇場用長編アニメーションを監督するという壮大なプロジェクトを終え、興行こそは大きく振るわなかったとはいえ、作品の評価も悪くはなく、この映画のために作られた製作会社GAINAXも存続することになったのだから、25歳の監督がこの先も長く活躍することを誰も信じて疑わなかったはずだが、山賀は映画が公開された翌々月には故郷の新潟に帰ってしまった。

 その後、アニメの脚本は書いているものの監督としての経歴は、TVアニメ『まほろまてぃっく』『アベノ橋魔法☆商店街』を2001年に監督したのみ。映画監督としての第2作は、20年近く前から予告されながら、未だ実現していない。

 これからプロのアニメーション監督としてキャリアをスタートさせるにあたり、これ以上ないほど大きな花火を打ち上げた『王立宇宙軍 オネアミスの翼』を撮った後、なぜ新作がないのか。「あまりにも今まで、あくせくと短期間の出世だけを考えて、セコセコと生きて来た自分というものに行き当たるわけです。要するに、僕が監督になることを決意してから『王立』に至るまでの日々ってのいうのは、自分で作ったプログラムを消化するだけの日々だったんですよ。」(『クイック・ジャパン VOL.18』太田出版)と山賀は自己解析するが、大学時代から「25歳までには劇場版の監督かテレビシリーズのチーフディレクターをやらなきゃならないと考えていました。しかし25歳で監督になれる時代じゃないわけですよ。『どうしたらなれるか』、ただそれだけです。そればっかり考えていました。」(『GAINAX INTERVIEWS』堀田純司GAINAX 著/講談社)と言うだけあって、本当に25歳で監督になってしまうと、そこで目的を達成してしまったことになる。しかも、『王立宇宙軍 オネアミスの翼』は、山賀博之の内面世界を隅々まで使い切った作品である。

 

幻の山賀監督第2作『蒼きウル』とは?

 脚本家の新藤兼人は「誰でも1本は傑作シナリオが書ける。それは自分の体験を書くことだ」と言ったが、山賀も、それまでほとんど書いたことがないのに『王立宇宙軍 オネアミスの翼』の脚本は書けてしまったという。

 映画が完成した後、山賀の映画監督第2作が動き出したのは90年代後半——『新世紀エヴァンゲリオン』が社会現象を起こした後である。『蒼きウル』と題された新企画は『王立宇宙軍 オネアミスの翼』の50年後を舞台にした戦闘機の空中アクションを盛り込んだ続編的な構造を持つもので、元々は『エヴァ』の前に、庵野が監督するための新企画として山賀が新潟から呼び戻されてプロデューサー兼脚本担当として考えたものだった。既に原画作業まで入っていたが、スポンサーの都合で続行が不可能となり、製作中止となった。『エヴァ』がヒットした後、再始動するにあたって監督は山賀へと交代し、内容も大幅に見直されることになったが、数年ごとに今度こそ始動の報が流れるが進展の様子はない。最近では、2017年6月23日、庵野が設立した製作会社カラーから古巣のガイナックスへの未払金訴訟について、東京地裁立川支部で判決が出た際、ガイナックスが出したコメントの中に、「この六月からは劇場用アニメ大作『蒼きウル 英語題名 Uru in Blue』の制作を開始致しました。」とあり、何度目かの再始動が宣言された。

 

「たった一本の映画でその名を刻む伝説の男」

 高い評価を得ながら1、2本撮ったきり、長らく新作が途切れてしまう映画監督は少なからずいる。『地獄の逃避行』(73年)、『天国の日々』(78年)の後、『シン・レッド・ライン』(98年)までの20年間、映画界から身を引いていたテレンス・マリックはその代表的存在だが、マリックは2010年代に入ってからは、5本もの新作が製作され、今では毎年新作が観られるようになった。

 日本で、こうした寡作監督の代表を挙げるなら長谷川和彦だろう。『青春の殺人者』(76年)で監督デビューしたものの、第2作の『太陽を盗んだ男』(79年)以来実に38年、新作がない。とはいえ、何もやっていなかったわけではない。

 久々に映画を撮った監督を、“○年間の沈黙を破り”などと言うが、長谷川和彦は沈黙などしていない。撮影こそされなかったものの、常に半年後のクランクインを想定して新作を企画し、脚本を書いてきた。実際、『吉里吉里人』『禁煙法時代』『PSI』『つっぱりトミーの死』など印刷された脚本も存在する。ほかにも、デビュー間もない頃の村上龍が書いたシナリオ『コインロッカー・ベビー』(後に村上が小説に仕立て直したのが『コインロッカー・ベイビーズ』)など、数え切れないほどの未映画化企画を抱えている。そして、今に至るまで長谷川の呪縛となっているのが『連合赤軍』である。『青春の殺人者』の親殺し、『太陽を盗んだ男』の原爆製造に続く第3作が、連合赤軍の同士殺しとあさま山荘の攻防とは申し分ない大きなテーマだが、圧倒的な史実を前にフィクションで何ができるかを問われるだけに、30年にわたって抱え込んだままである。

 山賀博之にしろ、長谷川和彦にしろ、今もなおデビュー作に囚われ続けているように思える。それを超えなければ次回作を作れないという強迫観念が強すぎるという気もするが、ファンからすればそんな固いことを言わずに何でもいいから新作をみせてくれという思いだろうが、歳月が重なれば重なるほど、腰が重くなるのは想像に難くない。だが、見方を変えれば、世の監督が生涯かかっても1本撮れるかどうかという秀作を、デビュー作で撮ってしまったのだから、それを見せてもらっただけで充分ではないかという思いもある。

 園子温が半自伝的要素をこめて撮った『地獄でなぜ悪い』(13年)の劇中で映画監督を目指して自主映画を撮る主人公の長谷川博己は、こう啖呵を切る。

「オレはたった一本の名作が作りたいだけなんだ。この世界にはくだらない映画監督はごまんといる。何本も何本も作って家を建てているバカ、どうでもいい映画ばっか作って金をもらうバカ、オレはそんなのは嫌だ。たった一本の映画でその名を刻む伝説の男になりたいんだ」

 これは園子温が若き日に書いた未映画化脚本を元にしているが、主人公の台詞は才能が認められずに鬱屈していた当時の園子温の実感がこもっている。逆に言えば「たった一本の映画でその名を刻む伝説の男」に園子温はなれなかったらこそ、今では毎年数本の新作をがむしゃらに作り続ける道を選んだともいえる。その意味では、『王立宇宙軍 オネアミスの翼』1本で〈伝説の男〉となった山賀博之という生き方も決して不幸ではないはずだ。

 

【次回更新は8月17日】